prose-於福さん③
2014年6月27日 エッセイ 県道落合ー加茂川線をしばらく走行すると下土井集落にはいり地蔵尊の看板があるところを山手に登りつめると、境内に横ずけ駐車できるのが歩行難儀の身には大変ありがたい。まずは地蔵尊に詣でさい銭合掌手をあわし地蔵に手のひらをかざす、指先がぴりぴりするだろうと言われたがなんの反応もない、生来無信心の脳髄には霊験、感応は無縁なのだろう。ほろよい山風と開放気分が手のひらを撫て通りすぎていった。
篤実な地元の人たちのボランィア活動が行き届いて駐車場を兼ねた境内の東縁に於福さんの隠匿説明板、レリーフを嵌めこんだ巨石顕彰碑があった。
レリーフの顔をみると、安土桃山時代はさぞ絶世の美女といわれたのだろうか、うりざね顔で一重瞼の書籍に描かれた定型ではなくて、現代でも十分通じる小さな丸顔の可愛い顔だちである。時代にもまれ労苦をきざんだ片鱗をも表していない乙女のつややかな顔である。
今、書架の奥から引っ張りだした於福さんを追跡した単行本を読んでいるので詳細な足跡の感想は、読後改めて記述したいとおもっている。
境内の西方向の畑地に電柱があってブッポウソウの巣箱がかけてあるのがみえた。
谷あいの集落で緑一色のパレットに溶けこんでいるような清涼、爽快、森閑、開放のどろんこになった。(完)
篤実な地元の人たちのボランィア活動が行き届いて駐車場を兼ねた境内の東縁に於福さんの隠匿説明板、レリーフを嵌めこんだ巨石顕彰碑があった。
レリーフの顔をみると、安土桃山時代はさぞ絶世の美女といわれたのだろうか、うりざね顔で一重瞼の書籍に描かれた定型ではなくて、現代でも十分通じる小さな丸顔の可愛い顔だちである。時代にもまれ労苦をきざんだ片鱗をも表していない乙女のつややかな顔である。
今、書架の奥から引っ張りだした於福さんを追跡した単行本を読んでいるので詳細な足跡の感想は、読後改めて記述したいとおもっている。
境内の西方向の畑地に電柱があってブッポウソウの巣箱がかけてあるのがみえた。
谷あいの集落で緑一色のパレットに溶けこんでいるような清涼、爽快、森閑、開放のどろんこになった。(完)
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