prose-噴戦

2014年8月18日 エッセイ
 石田三成は政治的駆け引き戦略においては愚将である。

 歴史上、なにが面白いかといったら慶長三年八月に勃発した関ヶ原の戦いの前後における諸将の動向であろう。人の世の有様は時間を超えて生きている。
 よく天下分け目の戦いといわれるが、この戦にかける徳川家康の遠謀は内実天下取りに疑いないとしても、両軍とも豊臣の安寧をかかげた名目の主導権争いの、いわば口実の鞘当だから、豊臣政権内の勢力争いの紛争にすぎない。
 秀吉遺言をないがしろにする家康のみえみえで撒く餌に一喜一憂してふりまわされ、短慮の決起にはしったもので、いくら経済に秀逸していても人心掌握の要諦をわきまえない三成たる一官僚が丸裸でやるべきでないことは確かだ。
 戦経験豊かで苦渋辛酸をのりこえてきたリーダの家康に対し、最前線の戦経験も大きな渦の政治的采配の資質を持たない一奉行の突出はあまりにも無謀だった。故に関ヶ原の戦いは西軍の惨敗におわったが、その要因を大きくとりあげると、
 【三成に人心がなく得難いトップがいなかった。】
ことにつきる。

 

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