昨日は窓際の薄黄色の陽をあびて文庫本をひろげていると、心地よい睡魔におそわれて意識をうしなってしまった。とくに疲れた自覚はないのにもかかわらず事務椅子に沈んで、しばらく午睡を貪った。バタンと、文庫本がフロアをたたいて澱んだ脳をもゆりおこし眼がさめた。

　で、前にもどり拙云を綴る。
　二人の孫娘は初めての船旅に大喜び、３歳の上孫は抑制のきいた性格で慎ましく謙虚にふまうが、えもいわれぬ笑顔の嬉しさをみせてくれ、１歳の下孫はその分沈着だが突然頭のてっぺんからの発声で自己主張し、これもえもいわれぬ笑顔で愛想してくれ、小旅行の家族をのせたフェリーはおだやかな海を進んだ。
　最上階の甲板にでると冬なら首根っこがちじこまるほどの風は涼味を残して心地よく、だれもが両腕を広げてその大気のなかに溶けこもうと大きく息を吸うのである。ときたまの潮香はふくいくと膨張し拡張し細胞に散逸して飛ぶ鳥のおおらかさをもたらし、航跡の両側が泡立ち、まんなかのスクリュウの渦を一条の帯にして蒼い海に旅人はささやかな情感を放逸するのである。

　オリーブの木は道路わきや畑地のいたるところに植えられて白い小さな花を無尽に咲かされている。枝を振ったら花弁がそこいらに舞い散るような儚さがある。地中海の、画でみる開放的明るさに和風の建築は異彩で淡い色彩のレンガづくりで濃色の屋根がよくマッチしていた。
　醤油醸造の街でもある。
　香ばしい匂いを染み込ませた空気があとからあとから流れ澱み脈うってまとわりつく街に潜りこみ、醤油はもとより醸造液にひたされた昆布製品を味わい賄い、おおかたを此処で費やし、べた凪の瀬戸に陽がかたむき金波銀波に照らされて土庄港に帰還した。

　新岡山港を出港したフェリーは高島を横目でみて、浮灯台の内側をかすめて右側は児島半島の小串港をながめつつ、左にのっぺり長い九幡の一文字防波堤、鰐口を開けた吉井川河口、西大寺突端の帝国化学煙突をかわし、やがて犬島諸島を船尾に巻いて一路小豆島は土庄港をほぼ直線上に操舵する。(続)

　昨日、昼食後のひとときを過ごしたら｢歩かねばならぬ｣の使命感に燃えて愛犬に曳かれながら屋外にでる。意識して内股のつま先歩きのリハビリをこころしているものの、ふとしたことで足首の角度がかってに我をたてると頭のてっぺんを突き抜けるほどの痛感がはしる。我慢、忍耐の呪文を唱えるのだ。
　薄曇りの隙間から陽がさして、天気予報は雨天を叫んでいたが気流もきまぐれってことことがあるから平穏無事だろうと思いこんでいたら、ぽつぽつと薄手のシャツが鳴き出した。雨音はしなかった。
　急いで帰ろう、愛犬も｢こりゃあかなワン｣といったかどうか、ひどく足速になった。予言を無視する人間をいましめ、瓦屋根が打楽器のように打ち鳴らすなかを｢イタイ｣とうなりながら我が家の玄関に走りこんだ。
　衣服は濡れそぼり、愛犬の毛並みもへたり、まずは犬の背を乾いたタオルで拭いて労わってやり濡れネズミのわが身を始末した。
　帽子の庇から水玉の滴がつぎつぎ垂れつづけ｢春だ春だ、露が近いぞ｣などとうそぶいた。

　ひとつひとつの実が寄り集まって１個の果をつくり、赤から紫そして黒く熟成したのを摘果し舌にのせると、おもいがけず甘い、淡泊な甘さではなくネッチリ口腔の粘膜を耽美させてくれる甘露の戸惑い・・・、この嗜好を提供してくれのがクワ、ヤマボウシ、ヤマモモであったりノイチゴの類だ。なかにはチョピリ酸味を秘そませていたりして甘さを倍加してくれる。
　ヤマボウシは此処彼処、ヤマモモはあそこと山とそらんじているがなにせ山と縁遠くなって、思い起こすと唾液が無性にわきあがってくるだけだ。
　そこでラズベリーを鉢植えしてフサフサと着果、つやつや輝き、真っ黒に熟れた実をのぞきこんで摘み、愁をひき楽しんでいる。

　好天気、気温の上昇につれ家々の壁が白くぼやけて眼をあざむきサングラスが必携である。自転車に乗れという御託宣なので娘の自転車を漕いでグランド散歩道を回ると年上の友人が愛犬をつれて縁石に座り込んでいてうさんくそうな目つきで投げかけられ、片足ついたまま意のない雑談を交わし、目鼻さきのコンビニに行く。

　前傾姿勢でつま先歩き(ゴリラ姿勢)、ガニ股を意識しておかま歩きをある経験者に推奨された。脛に筋肉をこちこちにつけ、ひいては脛ぼんさんにも筋肉をつけさせて、いわば関節を筋肉の鎧兜でガードする方法しかないそうだ。
　軟骨はよみがえらない。
　しかし、見られた図ではない。
　だから昼間は異形ばんばんの形にならない程度を意識し、夕暮れの公園でゴリラに変身しようとおもう。通り抜けサラリーマンに恐怖の害をあたえぬように。

｢その後どうですか｣
｢イヤッ、うづくやらいたいのやら｣
｢どっちですか｣
｢エッ、・・・｣
｢うずくのかいたいのか、どっち？｣
｢動きを止めていればうづき、歩くといたい｣　
｢フム・・・そこに横になって｣
｢いたたっ、足に角度がつくといたいです｣
｢おかしいな、楽になるになあ。仰向きで膝をだして、曲げてじっとして動かすなよ｣
　ブスッ。
｢ウッ・・・｣
　水抜きとヒアロンサン注入。Ｄｒも患者も看護師も奇妙な静寂を守る。
｢こんだけ出たよ｣
｢ウヒャ・・｣
　みたこともない太い注射器を掲げたのには淡黄色の液体がほぼ1/3ある。
｢これでダメならうちじゃ治らんよ｣
　宣告か？　　

　スカッと晴れた、思い切ってだんちょうの綱を切断したら雲一点もない青空があらわれた、という感じである。
　疼く膝をなだめすかしてコンクリートの庭を重箱の隅をつつくように歩き、幹が太り丈がのびていないか観察するも変化はない、昨日の今日だから伸びも縮みもしていない。
　ラズベリーの黒く熟した２粒を手のひらに収穫し、一粒を家内に一粒を娘にと思い小皿にうつし冷蔵庫にいれておく。
　さて、一向に好転しない膝小僧を整形医の前に投げ出す日だから、午前中はなでなでしながら読書に耽けようと思う。

｢いい歯してらっしゃる｣
　黄色い昼間の光線の向こうで管理栄養士さんは私よりも頑健な歯並の持主だ。
｢歯ごたえのある食材をその歯でがつがつ噛んで食べるのが人間の食事です。飲料にたよった補完食事をしていると体によくありませんよ｣
　槌うちのように砕いて臼みたいに練るのがいいらしい、よく聞く話でもっともだと肯定した。この分だと、昼食はさぞかし歯ごたえのある献立だろうと期待したが煮魚一片と野菜、トマト、果物で獅子頭の歯に叶うものではなかった。
　代わりにといってはなんだが、ご飯を砕き練って食べたのを朝食とりながら光のなかで思い出した。　

　気圧のきまぐれで灰色になったり黒く重い鉛になったりした雲塊で覆う空は、昼間なのに夕暮れの憂鬱をもたらす。
　雨はさりげなくしつこく道路をたたき、弾き飛沫を撒いて車が走る。
　巨木の祠に、疼く膝をかかえ丸くなって狩猟の時間をまつ小鳥のような気分だ。

　この世のものとは思えない色彩とは一体どういう色なのか、あるレポートを読んでいてこの文章にであって、正直そうおもった。なにを隠そう、未だあの世を知らない私にはおもい浮かばない形態なのである。祭典を司っている寺院の、通常居住空間ではありえない金ぴかのあるいは極彩色の装飾にうめこまれたものであろうか、せいぜいそれくらいな想像色でしかない。　
　唯一、乏しい頭脳の蓄積をふりはらって近似のものを絞りだしてみると、沈む夕日の刻に山や建造物を黒く覆い西空をくれないに染め金条をはなつのが、今生の者の希みをのせたあの世の色かもしれない。
　そう思って河川の堤防で愛犬と歩きながら紅いサーチライトに照らされた。

　いまさら驚かなくてもその境界に入っているのを十分承知しているだから、さもありなん。
　とはいってもあらためて医師から膝の痛みは変形性膝関節症などと宣告され、関節の軟骨消耗、つまり老化によるものだと説明うければ、しのびよるあの微風のつめたさを感じるものである。
　水を抜いてヒアロンサンを注入してもらうことになった。　

　ひごろ、慣れていないことをやって報いがきた。
　膝の関節内側に激痛がはしった。時間がたつにつれ負荷をかけると痛みがましてきた。一晩眠ればよくなるだろうと構えていたが一向に改善しない。
　もちあがらない大きい鉢を横滑りに動かしたけれど、とくべつ打撲したり捻ったした覚えはないのに、痛みは突然やってきた。
｢ベットが悪いんじゃないの｣
　いわれてベットをたたみ、床に布団を敷いた様子変えしてみた。
　それにしても、覚えのないこの痛さにはまいった。

　早朝、といっても惰眠むさぶる身には通常７～８時ごろが早朝の時刻、晴天の日射しがつよくなる少し前、気負って鉢の植替えにとりかかる。前日は一日中はげんでいたので腰とか二の足に疲労がたまり大丈夫ではなくなっている。ところかまわずサロンパスを貼っての孤軍奮闘である。
　月桂樹が枯れ、名前のわからない木を植えていた大きい３鉢をシートのうえに据え土と株をひっぱりだして新しい専用の土を使って、ブルーベリー、ラズベリー、レモンをそれぞれ植えたのである。
　花を愛でるのもいいが、実のなるものが得策だとの思考にシフトした所為だ。
　さらに、一年一年植えるものより植えっぱなしで実の収穫がえられるエゴを選択させた所為にもよる。
　幼な木なので来年か再来年に花を咲かせ成果なるかどうかはなはだ疑問だが、レモンを垂らした焼魚とベリーのジャムを食卓の華にしてみたい気持ちに満ち満ちている。

　岡北大橋を起点にして右岸を上流に向かっていくと葉桜が並ぶ。ソメイヨシノが盛り上がって、浮足だっていた丘陵の半田山だったのに、今はもう濃い緑につつまれている。
　代わりに堤防のあちこちに白花をひらいたヤマボウシが勢いづいている。ハナミズキの原種ともいわれているが樹勢は比にならないほど丈高く嵩をはり、旺盛で、花房は密に集まって咲く。堤防のつきあたりは三野公園のふもとにある県道２７号線の信号で、花の広場をターンしてもとの堤防道を帰ってくる。
　途中浄水場のところで堤防を降り西川上流沿いの小径をたどり、軒の詰まった家々をかすめる迷路をきょきょろして歩く。前方にクラレのゴルフ打放しのネットを目印にしているので安心して歩を進めると小高い神宮山古墳が見えてくる。旭川の土砂を盛土にした前方後円墳で、ここいら一帯を古代稲作の上に君臨していた集落の王の墓であることがわかる。
　探訪の一コースを終えた。　
　

　幕末高梁藩の家老をつとめた山田方谷は藩政改革し財政をたてなおした偉人である。この時期おおくの大名は財政逼迫していて、高梁藩も同じこと、城主板倉勝静が老中にあったのでなおさら出費がかさみ困窮のさなか陽明学者の方谷は殖産事業をおしすすめてみごと復興させた。
　この方谷を主人公にして大河ドラマに採用してもらおうという計画があって、町内回覧版で賛同署名がまわってきた。
　採用なるかどうかわからないにしても、今に鳴動するテーマではないか。

　グランドの外周歩道に植えてある花ミズキが咲いて、ちよっとした花並木になった。白花が多くピンク・紅が数本混じる。白でも花弁のさきだけがほのかに赤く、おちょぼ口に紅をひいた娘をおもわせる可憐さを見せる花がある。ゆっくり歩いてそれぞれを観賞している。
　我が家の鉢やプランター植えの庭でも一斉に開花した。
　シャガ　チュウリップ　オダマキ　などの草花、ユスラウメ　ユキヤナギの八重　オダマキ　エビネ　コデマリ　挿し木で成育したモッコウバラ　ボケの小木類、地味だが花盛りである。
　液肥を施しながら自然の命と毎日対面している。

　病院の待合室でひそひそ話を聞いた。
　高齢の婦人が顔見知りの婦人にささやくように会話し、そのあとでケタケタ笑った。ひとつ前に座っていた私も、もらい笑いした。
　曰く、
｢腹部ＣＴを撮ってさ、レントゲンと様子がちがうのよ｣
｢あっそう？どう違うの｣
｢レントゲンは釦のある下着や時計は外すじゃない、ＣＴはつけていてもいいのよ｣
｢それでさあ、おしりが見えるようにしてくださいといわれたもんだから、わたしゃ真正直なもんだからお尻がみえるには相当ずらすんだなと思って脚の付根までおろしたんよ｣
｢へえ、そりゃまた｣
｢そしたらさ、あわてて『そこまでおろさなくていい』といわれて、だいじなもんだから仕舞ってくださいって」
　あとはほがらかにケタケタと笑った、いい陽気であっけらかんの春だった。
　　

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　とびこんでくるいらざる勧誘メールを毎日削除していた患しさから解放されて気分がいい。
　ＸＰからの移転も一段落、それでも旧いバージョンのソフトだと移転拒否されるはらだたしさ、一から構築してたちあげることになる。
　このさいどんどん削除、終了して身を軽くすることの作業しているが、精神的に惰性からくる飽きに悩まされ、中断放置し気がむくとパソコンをいじる日々、いまだ完了していない。
　そのうち延長線上にパソコンそのものから離脱せざるを得ない、そんな思いがするのである。